人生の探検家・浅井恵子の37歳記

37歳の1年間を、つらつらと書き綴っていきます。

21日目

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今日はね、朝起きて、最初に仏壇に手を合わせた。

できてよかった。

 

 

 

昨日、家の片づけをしながら、自立と依存について考えた。

先日の父に優しくできないという件がずっと心に残っていて。

 

と言っても、優しくできないのは今に始まったことじゃなく、前からそうだった。

特に父の認知症がひどくなり始めた時から。

その時思ったのは、「あぁ、私、悲しいんだな」ということ。

私にとって父は何でもできるすごい人。

そんな父の、今までできたことが段々とできなくなっていく姿は、受け入れられなかった。

私はまだ結婚も出産もしていなく、親が元気な内に孫の顔を見せてあげたいなと思っている。昔は特に、それができていない自分がだめだと思っていた。

父がいろんなことをできなくなっていく=死が近づいていく、こんな方程式が頭の中にできあがっていたんだと思う。

「まだ、親孝行できてないよ!まだ行かないで!」と心の中で叫んでいたんだと思う。

 

だから父の変化を受け入れられなかったし、直視できなかった。

それが態度にも表れていたんだと思う。

そしてそんな態度を取ってしまう自分に対して自己嫌悪。

一番辛いのは父のはずなのにな…どうして優しくできないんだろうと。

これを繰り返していた。

 

先日もまたそんな自分がむくむくと膨らんできた。

 

 

 

 

そして昨日、自立と依存について考えた。

 

 

あぁ、私、依存しているんだなと思った。

父に、母に、依存しているんだなと。

経済的にではなく、精神的に。

 

 

 

こんな声が聞こえた。

 

「いや、もうできるやろ。できるくせに何甘えとんねん。

いつまでそうしてんの?できるやろ?いい加減自分の足で立ち!!!

何を人任せにしとんねん。お前の人生やろがい。自分のことは自分でし!!!」

 

こんな感じ。

 

今断捨離をしていて、とにかく物を捨てて捨てて捨てまくっているのだが、なんとなく、この断捨離は、両親に依存していた自分からの卒業、みたいな意味合いがあると思っている。

本当にやる気が起きなかったし、始めても続かなかったりしたのだが、それはもしかしたら自分の中で、自分の物を捨てる=自分のこれまでの思い出を捨てる=両親との別れ、と繋げていたせいかもしれない。

子どもでいれば、両親はここにいてくれる、的な考え。

 

あ、これは本当に依存症の人によくある考え方だな。

 

 

 

まぁそんなことを思ったりしたんだけど、これが一過性のものなのか、本当に腹落ちしたのかはもう少し経ってみないとわからない。

なんやかんやと理由をつけたり深い意味を持たせたりしたいだけで、ただ単にめっちゃめんどくさくてやる気がでなかった面だってもちろんあるだろうし。

どっちもあるんだ。

 

愛されて、その上甘やかされて育った自覚はある。

でもそれが悪いとは思わないし、とても幸せなことだと思う。

両親のことも大好きだ。大好きだからこそ、行かないで、そばにいて、ではなく、感謝をしつつ、気持ちよく自立していきたい。